トップだから見せるべき、見えてしまう本当の感情とは?~日大アメフト問題の場合~

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blog ひと言 No.31

 ここ最近、その動向が注目されていた日大アメフト問題ですが、やっと着地点が見えた様子です。それぞれの記者会見を見ましたが、【監督】【コーチ】【選手】は、企業で言うならば、社長、中間管理職、社員の立場。三者三様に比較対象となるわかりやすい違いが出ていました。

 指導者としての善悪や組織の体制、言った言わないでなく、あくまでも3人の比較が今回のテーマ。企業のトップであれば、いつ、なんどき、このような記者会見や取材を受けることになるかわかりません。当然ながら状況は違うはずですが、今回のアメフト問題から、得る教訓は少なくないはずです。

 人の上に立つ立場であれば、どんなときも冷静に対応できる、自分の感情をある程度、コントロールすることも必要です。しかし、この【監督】を見ていると、「冷静」と「無感情」は大きく違うものだということがわかります。当事者であるはずなのに、どこか他人事のような表情の数々は、視線が定まらないことが大きな理由でしょうか。気づかう言葉を少しは言っていましたが、その前後の表情や立ち居振る舞いからは、【選手】の痛みをやわらげようという思いに欠けているように見えます。冷静というのではなく、無感情であり、どこか無関心であるようにさえ感じさせます。

 それに対して、【コーチ】は、【選手】に対する情がありながら、隣に座る【監督】を気にしてどういう言い方をすればいいか、頭をフル稼働させて答えを探している、常に動揺を隠しきれない様子。【選手】を切り捨てられない思いがありながら、最後まで【監督】の部下であることに徹していました。組織の立場上、【監督】を否定することはできないけれど、【選手】を断ち切る勇気はない、というところでしょうか。

 これらの指導者に対して、単独会見での【選手】は終始、冷静でありました。無関心・無感情な【監督】動揺を隠せない【コーチ】の姿が、より【選手】の感情を排除して事実だけに徹した冷静さが際立ってきます。

 記者会見の前後にも、それを裏付けるような言動が出ていました。

 開始前、着席した2人は対照的でした。【監督】は、多数マイクが並んだテーブルに視線を落とし、目を閉じることも。こんな大勢を集めた記者会見の当事者というよりも、やはり、どこか自分ごとにはなっておらず、この席に「座らされている」感が否めません。それに対して、【コーチ】は顔を上げて強い視線で前方を見つめている。どこか自分を奮い立たせて虚勢を張っているように見えてなりません。

 質疑応答が始まると、2人の状況は厳しくなります。【監督】は、「信じてもらえないと思いますがーー」「言い訳になってしまいますがーー」「お恥ずかしい話しですがーー」と、立場が弱くなる答えの前には、前振りを入れていました。【監督】の口から出た、「ルールを守るのが基本」「育てる」「愛情」「親身になって」・・・・・・という言葉の数々が、どうしても口先だけに聞こえるのは、言葉とノンバーバル(非言語)が一致していないからにほかなりません。

 それに対して【コーチ】は、言いにくいときは苦しい顔になっていて、保身だけでなく、【選手】への思いが切り捨てられない様子が見てとれます。記者からの「選手がウソをついている?」という質問は、目を閉じながら答えていることでも、その苦しい状況が伝わります。こうした場で、あえて答えるときに「目を閉じる」のは、いろいろな解釈ができますが、この場合は、感情と切り離した言葉を言っているからに見えます。

 2人とも、質問への答えのなかで、「正直~」「正直~」「正直~」と何度も言っていますが、学生相手の指導のなかで、「何も考えず~」「何も考えず~」「何も考えず~」と言い換えても問題がないようで、自らの無責任さを吐露しているようでした。

 記者会見、終了後の退席のときも、【コーチ】を気にする様子なく即座に出口に向かう【監督】、それに対し、記者からの撮影の要望があったからだと思われますが、【監督】の後を追えず、立って正面を向いたままフラッシュをずっと浴びている【コーチ】【監督】が言葉はかけずとも、【コーチ】を振り返ることや視線を送る様子があれば、「私の責任~」と言う言葉も信憑性もあるのでしょうが、最後まで、どこか当事者意識のなさを感じさせます。

 【選手】の会見が支持されたのは、ひと言でいえば、誠実さが伝わってきたからにほかなりません。問題に向き合うとしながらも、誠実さに欠ける【監督】【コーチ】の会見から、企業トップとして学ぶことは多くあるのではないでしょうか。