慣れすぎた便利すぎる生活を捨てられるか?

COLUMN /

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自動販売機が多すぎて補充作業が人出不足!?

 長い梅雨は明けましたが、コロナ禍の毎日はまだまだ続きそうな様子です。こんな時期に、ビジネス誌に掲載されていたのが、「自動販売機」関連についてのニュースに目が留まりました。

 その内容は、自動販売機の台数が増えすぎたことによって、補充作業が過酷な労働を生んでいる実態と、その訴訟についての記事でした。

 海外から日本に来た外国人は、日本の自動販売機の充実ぶりに驚くという話しをよく聞きます。ですが、東京に住んでいると、どこかしこに自動販売機があり、のどが渇けばすぐに飲み物を手にできることが、当たり前だという感覚になっていることに気付きます。

 実際に、車が入る幅のない裏通りや人通りが少ない場所など、「こんなところにも?」と驚く場所にも自動販売機が設置されています。でも、それが東京の街中風景となっていて、敢えてそれに疑問を感じることもなかったし、違和感もなかったというのが、正直なところです。

 ですが、コロナ禍による自粛生活、在宅勤務の増加で、外に行く機会がグンと減った現在、飲食店や百貨店が大幅に売上げダウンしているのと同じように、いや、もしくはそれ以上かもしれませんが、自動販売機で売っているドリンクの売上げは、減少しているはずです。

 それにも関わらず、補充作業の人手は常に足りなく、長時間労働や休日出勤が常態化しているというのは、どこか歯車が狂ってしまっているようです。

 

便利すぎる生活から数歩下がってみること

 確かに、便利な生活は大切。ですが、便利すぎる生活は必要ないもの。

 自動販売機も一つのいい例ですが、家の中で座ったまま、動かずに全てのことができるとしたら、それは確かに便利かもしれません。ですが、その便利な生活を続けていると、出てくるのが、運動不足という問題。それで、結局、体を動かすための運動をやることになる。

 だったら、自分で動いて生活をすればいい話ですが、人はやはりどこかで「便利」という言葉がすべてを解決してくれる魔法の言葉にように思ってしまうのかもしれません。

 コロナ禍がなければ、何とも感じることもなく日常生活が続いていたと想像できますが、今は制限が必要なとき。便利すぎるものを自分の生活から排除していくことも必要です。

 コンビニは24時間やっている必要はないし、歯ブラシは電動である必要もない。スマホは便利だけど何もかも入れてしまうにはリスクがあるーー。

 なんでも“過ぎる”のはよろしくありません。今は「便利すぎる生活」から、ちょっと後ろに下がって「便利な生活」を維持すること。これくらいのゆるい感じがよさそうです。

 

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